top of page

塩田城

 戦国時代中期に土豪・菅野氏によって築かれたと伝わる。天正年間は伊豆満則領。 赤松家の宿老だった小寺政職(黒田官兵衛の主人)が1543~1545年に居住したと伝わる。対岸の明証寺は小寺氏所縁の寺とも。

 しかし実情は地理的に見ても長水城に近く、宇野氏の所領であったと推測する。

 塩田城は、塩田集落の川西山系から派生する尾根の先端部を利用した比較的小規模の山城郭である。対岸に「政所(まどころ)」等の地名が残る。

 地元でも知る人ぞ知る存在で、交番のような役割のお城だ。駐車は明証寺に。場所が少々わかりづらいが明証寺から微妙に離れている。城と平地の比高は約30mしかなく、見つけさえすれば楽勝だ。
 石積みが残っており、土塁や堀切なども意外に残っている。無名がゆえに最近まで手付かずで残ったのではなかろうか。
bottom of page